名古屋地方裁判所 昭和50年(む)796号 決定 1975年8月19日
主文
名古屋地方検察庁検察官八木廣二が頭書の被疑事件に関して昭和五〇年八月一四日にした「名古屋地方検察庁で検察官から接見指定書を受け取り、これを、愛知県中村警察署に持参のうえ同署係官に交付しない限り、申立人と被疑者との接見を拒否する旨の処分」を取り消す。
理由
一本件申立の趣旨および理由は、申立人作成名義の準抗告申立書(ただし、申立の趣旨第二項及び第三項を除く。)記載のとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は名古屋地方検察庁検察官八木廣二が、頭書の被疑事件に関して昭和五〇年八月一四日申立人に対してした「名古屋地方検察庁で同検察官から接見指定書を受け取り、これを、愛知県中村警察署に持参のうえ、同署係官に交付しない限り、申立人と被疑者との接見を拒否する」との処分は、刑訴法三九条一項、三項に違反し、ひいては、憲法三四条にも牴触して許されないものであるから、このような処分の取消を求めるため本件申立に及んだ、というにある。
二本件記録並びに当裁判所の事実調べの結果によれば、被疑者小坂井克美は、詐欺の被疑事実により、昭和五〇年八月一三日逮捕され、ついで同月一四日、名古屋地方裁判所裁判官により、勾留並びに接見禁止の処分をうけ、現在、愛知県中村警察署の代用監獄に勾留されていること、申立人は、同月一三日右被疑者の弁護人となつたが、被疑者が勾留されたのちである同月一四日午后に至り、担当検察官である前記八木検察官に対し、電話により被疑者との接見に関する申入れをしたところ、同検察官は申立人に対し、名古屋地方検察庁に来庁し、同検察官から接見日時等を記載した接見指定書を受け取り、これを右警察署まで持参して係官に交付しない限り、被疑者と接見させることはできない旨の回答をしたこと、その后申立人は、右のような趣旨の接見指定書を検察官から受け取らなかつたが、同月一五日に至り、右警察署へ赴き、接見指定書を持参しないまま、同警察署の担当係官に対して、被疑者との接見の申出をしたところ、同警察署の担当係官から、「検察官から、接見指定書の交付を受けない限り、弁護人を被疑者と接見させてはならないとの指示を受けている」との理由で、被疑者との接見を拒否されたこと、以上の事実が認められる。
三右経過によると、本件については八木検察官により、申立人主張のころ、その主張にかかる趣旨の接見に関する処分が行われたと認めるのが相当である。そこで、以下、検察官の右のような処分の当否について検討する。
弁護人が身体の拘束を受けている被疑者と元来自由に接見・交通することのできることは刑訴法三九条一項の明定するところである。もつとも、法は、右の接見につき、検察官が、その日時、場所を指定できることとしている(同法同条三項)が、このことは、あくまで、弁護人と身体の拘束を受けている被疑者との間の自由な接見交通権ということを基本的な原則として承認したうえで、なおかつ法が現実の捜査上の必要ということをも考慮して、一定の限度において例外を認めたものに過ぎないのであつて、もとより右指定が「被疑者及び弁護人の防禦の準備を不当に制限するようなもの」であつてはならないことはいうまでもないところであり、また、同条三項にいう「捜査のため必要」とは、たとえば、捜査官憲が現に被疑者を取調中の場合など、被疑者の身柄が取調べの対象ないしは手段として現に捜査のために供せられているような場合をいうものと解するのが相当である。ところで、法は、検察官等による右接見交通の日時・場所等の指定の方式については、何ら規定するところがないのであるが、右に述べた趣旨からすれば、右指定方式が、あまりにも厳格または煩瑣に過ぎることの故に、元来自由な接見交通権を不必要・不当に制限するようなことがあつてはならないことは多言を要しないであろう。ところで、この点に関する事実取調べの結果等を総合すると、現在、実務においては、弁護人が検察庁へ赴き、検察官から具体的な指定書の交付を受け、これを被疑者の身柄のある警察署に持参したうえ、警察官に対し、被疑者との接見を求めるという方法が広く行なわれていることを認めることができるけれども、このような実務の現状は、あくまでも、弁護人の事実上の理解と協力とによつて行なわれているものと解すべきであつて、そのことの故に、弁護人に対し、常に右のような指定の方法に協力することを強制し、もし弁護人がこれに協力しなければ、弁護人と被疑者との接見を拒否するというような措置が法律上許容されることになるものではない。
ちなみに、右指定書を持参する場合に限つて接見を許容するという取扱いの利点としては、(1)接見の手続を円滑に行なわせ、その間の過誤や紛争を未然に防止できること、(2)接見の経過に関し、確実な証拠を残し、後刻この点をめぐる紛争のないことを期し得ること、等の諸点が挙げられるのが一般であるが、他方右のような方法をとることにより、多忙な弁護人に対して、少なからざる時間的、経済的負担を強いる結果になることもまた多くの場合否定できないことであるし、また前記(1)(2)に指摘されたような予想される紛争にしても、検察官と警察署とが緊密な連絡をとり合い、さらに接見の経過に関する確実な記録を残す等の方法を講ずることにより、相当程度これを予防することが可能であると考えられる。
このように考えてくると、右のような紛争を未然に防止できるという利点があるからといつて、被疑者との接見交通を実現しようとする弁護人に対して、その負担において、具体的指定書の交付を受けることを強制するという結果をもたらす検察官の前記のような処分は、他に特段の事由(たとえば、弁護人のごく些細な労力により、その交付を受けられる場合等)が、ない限り違法であるというほかはない。本件における弁護人の事務所の所在地は、中区栄町であつて、名古屋地方検察庁からとくに遠隔の地にあるというわけではないが、日常多忙な弁護人が中村区大閣通一の八所在の中村警察署に勾留中の被疑者に接見するにあたり、その都度中区丸の内四の三の一所在の名古屋地方検察庁まで出頭し、検察官と面接のうえ具体的指定書の交付を受けなければならないとすると、それ相応の時間的経済的負担を免れ難いことは見易い道理であり、このような指定の方法によつて蒙るであろう弁護人の不利益は、なお看過することができないものがあるというのほかはなく、本件においては、前記の意味における接見交通に関する具体的指定の方法を適法ならしめるべき特段の事情は、これを見出し難いといわざるを得ない。
してみると、本件検察官のした前記接見に関する指定処分は、違法であつて、これが取消を求める本件準抗告はその理由があるから、刑訴法四三〇条、四三二条、四二六条二項により、本件について検察官が行なつた前記接見に関する指定処分を取消すこととし、主文のとおり決定する。
(服部正明 木谷明 雨宮則夫)